(東京高裁解説)植村氏側が新証拠として提出した金学順氏への聞き取り取材テープに関して(その4)

 

 

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 東京高裁では、植村氏側は新証拠を提出しました。それが、1991年11月に録音したという金学順氏への聞き取りテープです。

 以下、詳細を『週刊金曜日』(2019年11月8日号)より引用します。

 

  「『朝日』元記者裁判、控訴審開始 西岡力氏の失態がさらに浮上」

   元朝日新聞記者植村隆氏(本誌発行人)は10月29日、日本軍「慰安婦」問題否定派の西岡力氏に対する名誉毀損
  訴訟の東京高裁第1回口頭弁論で、新証拠に基づく西岡氏の事実誤認を明らかにした。

   新証拠は1991年11月、弁護士による韓国の元「慰安婦」キムハクスン(金学順)氏への聞き取り調査を録音し
  た取材テープ。植村氏は同年12月25日、「証言テープを再現する」というキム氏の記事を書き、西岡氏はそれを
  「キーセンに売られたという事実を意図的にカットしている。(中略)聞き取りでもその事実は語られたはずだ。
  (同)。捏造」と著書で非難した。キーセンの「経歴」から日本軍の強制連行を否定する趣旨だ。

   ところが2時間にわたるテープで、キーセンに売られた話はまったく出てこない。

   「証言テープにないことを記事で再現しようがない。西岡氏は『語られたはずだ』という推測の材料しかないの
  に、なぜ捏造と断定できるのか」というのが植村氏側の主張だ。

 

 「1991年11月のテープでキーセンに売られた話が無かったので、植村氏が12月25日の記事で金氏が強制連行されて無理やり慰安婦にされたという記事を書いたことは捏造ではない」と主張したいようです。

 しかし、既に当サイトでも言及していますように、金氏は11月テープ以前に「キーセンで売られた」と発言しています。簡単な年表で表すと、以下のようになります。

 

主な報道の時系列

 ・1991年8月11日

  植村氏が『朝日新聞』にて「元朝鮮人従軍慰安婦 戦後半世紀重い口開く」との見出しで、「女子挺身隊」の名
 で戦場に連行され、日本軍人相手に売春行為を強いられた「朝鮮人従軍慰安婦」の存在を報じる。

  →植村氏はこの時点で、金学順氏は「だまされて慰安婦にされた」ケースであり、挺身隊の名で戦場に連行さ
   た事実はないことを理解していた。 →「解説その3」へ

 

 ・1991年8月14日

  元慰安婦の金学順氏がソウルで記者会見。14歳の時、家が貧しかったのでキーセンハウスに売られ、17歳にな
 ったとき、キーセンハウスの経営者である養父に華北にある日本軍の慰安所に連れて行かれた事などを述べる。

 

 ・1991年11月

  弁護士による韓国の元「慰安婦」金学順氏への聞き取り調査を実施。録音して取材テープにする。

  ⇒上記テープが、植村氏側が提出した「新証拠」

 

 ・1991年12月6日

  金学順氏をはじめ3名の元慰安婦を含む35人の原告(主任弁護士:高木健一)が日本政府を相手取り、謝罪と補
 償を求め提訴する。

  →この時点で金氏の訴状に「キーセン」の内容あり。

 

 ・1991年12月25日

  植村氏が「証言テープを再現する」という金氏の記事を書く。

  →金氏が慰安婦となった経緯やその後の苦労などを詳しく伝えるも、「キーセン」の説明なし。

                

 

 以上、時系列を並べると分かり易いかと思いますが、1991年8月14日の記者会見の時点で、金学順氏は「キーセンハウスに売られ、養父に日本軍の慰安所に連れて行かれた」という情報が公表されていたのです。

 

 ところが、植村氏は義母が幹部を務める遺族会が裁判を起こした後も、「キーセン」のことを報道せず、金学順氏を権力による強制連行の被害者と思わせるような記事を書きました。

 この一連の流れを見れば、西岡会長が植村氏の記事を「捏造」と断じた理由が分かるかと思います。年表から見ても、当時西岡会長が「植村氏はキーセンに売られたという事実を意図的にカットしたのではないか」、「聞き取りでもその事実は語られたはずだ」と主張されたことは「真実(相当)性」に基づいたものであると思います。

 

反論材料にならなかった新証拠

 さらに言えば、仮に植村氏側の主張である「1991年11月のテープでキーセンに売られた話が無かったので、植村氏の12月25日の記事は捏造ではない」が正しかったとしても、今頃そのような指摘をしても無意味です。

 「証言テープにないことを記事で再現しようがない。西岡氏は『語られたはずだ』という推測の材料しかないのに、なぜ捏造と断定できるのか」という植村氏側の反論は、西岡会長が該当テープの内容を認識していた場合のみです。

 今になって、「テープでキーセンに売られた話が無かった」ことが判明したとしても、当時は誰も知らなかったということになるので、西岡会長が植村氏の記事を捏造と主張しても真実相当性があるということになります。

 

 植村氏側の反論は時系列に照らし合わせれば支離滅裂であることが分かり、仮にその主張が受け入れられたとしても、西岡会長の真実相当性は揺らぎません。新証拠とされるテープも結局は何の反論材料にならなかったのです。

 

完全版ではなかった新証拠の録音テープ

 さらに指摘しますが、植村氏側が提出した録音テープは完全なものではないのではないかと高等裁判所に指摘されています。

 植村氏側は、録音テープをとった聞き取り調査では金学順氏は「キーセン」という単語を出さなかったと主張しています。

 

 しかし、上記聞き取り調査に同席した市民団体「日本の戦後責任をハッキリさせる会」(代表である臼杵敬子が通訳として立ち会った)の同証言の記録(「ハッキリ通信」1991年第2号)では、金学順氏は「結局、私は平壌にあったキーセンを養成する芸能学校に入」ったとの経緯(これは1991年8月当時の韓国内の新聞報道の内容に整合している)が記載されています。この点を考慮すると、植村氏側が提出した録音テープは、聞き取り調査の際の金学順氏の証言の全てを記録したものとは認め難いと言わざるを得ません。

 何より、テープに録音されていない証言内容があること自体は植村氏も認めているのです。なぜこのような不完全なテープを新証拠として提出したのでしょうか。これでは、「真実を歪曲するために不完全な録音テープを提出した」と非難されても反論できないと思います。

 

 東京高裁の判決書(p.30)では、「そもそも1991年12月25日までに金学順氏がキーセン学校に通っている、キーセンに身売りされたことが韓国各紙の報道などにもあったので、西岡が『植村氏はこの経緯を知っていたが、このことを記事にすると権力による強制連行との前提にとって都合が悪いため敢えてキーセンに関する経緯を記載しなかった』と考えることには相応の合理性があると高裁は判断する」としています。

 

西岡会長の完全勝訴となった地裁・高裁判決

 『週刊金曜日』2020年3月13日号では、

 

   西岡氏と櫻井氏の主張のポイントは「金学順さんは日本軍による強制連行ではなく、人身売買によって『慰安
  婦』になった」というもの。しかし東京高裁判決は、西岡氏らが根拠にしている資料だけでも「人身売買により慰
  安婦にさせられたことを示唆するものもあるが、養父らから力ずくで引き離されたというものもあり必ずしも一致
  していない」と述べ、人身売買論を肯定してはいない。

   勝訴が続く西岡氏と櫻井氏だが、「金学順さんが人身売買による慰安婦」という、不確かな主張を、今後は声高
  に喧伝することはできなくなるだろう。

 

 上記のように、植村氏側の主張に一定の進展があったかのように報じていますが、判決文を見ても分かりますように、高裁は西岡会長に「相応の合理性(真実性、真実相当性)」があると明言しています。

 『週刊金曜日』2020年3月13日号の記事は高裁判決書18頁のところから引用しているようですが、「人身売買論を肯定してはいない」という部分は、20頁の西岡会長が「金学順はキーセンに売られて慰安婦になった」という主張には「相当の理由がある」という結論の文言を都合よく歪曲していると思います。人身売買論を高等裁判所は否定もしていないのです。

 

 植村氏側の弁護士や左翼日本人は一連の西岡会長の完全勝訴を少しでも隠蔽しようとしています。「植村氏の名誉が一部であれ回復した」、「『金学順さんが人身売買による慰安婦』という、不確かな主張を、今後は声高に喧伝することはできなくなるだろう」という言説は全て間違いです。

 当サイトでは、それらの嘘の言説を暴き、西岡会長をはじめとした真実を指摘した日本人の主張(植村氏の慰安婦報道記事は捏造であること)が正しかったことを明らかにしてまいりました。

 

 歴史認識問題研究会は今後も、歴史の真実を探求し、広く発信してまいります。

 長くなりましたが、これにて植村氏裁判の解説を終えたいと思います。ここまで拙文を読んで下さり、誠にありがとうございました。

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