『歴史認識問題研究』第11号の書評削除請求に関する報告

 当研究会が2022年9月16日に発行した『歴史認識問題研究』第11号に掲載された書評を本サイトから削除せよという請求が本年2月21日に届きました。

 該当の書評は有馬哲夫氏の「賀茂道子著『GHQは日本人の戦争観を変えたか』」です。

 著者である賀茂道子氏が弁護士に依頼し、弁護士側から2月21日に当研究会のメールに書評削除申請の連絡を送り、翌22日に内容証明書が届きました。当研究会は以下の内容にて返信しました。

  • 請求には法的な理由がないものと判断し、応じられない。
  • 当研究会は「言論には言論で対抗する」を掲げており、当該文書を書評に対する反論文とみなし、当会ホームページに掲載させていただく。有馬氏から再反論があれば、これも掲載する予定である。
  • 当会ホームページ掲載を希望しない場合は、貴職文書の要旨と当研究会回答文のみを掲載する。返信の期限は令和6年3月5日(火)までとし、連絡がない場合、掲載を承諾したものと判断する。

 3月5日夜に弁護士側から返答がありました。内容は「削除請求書(その要旨、抜粋を含みます。) を貴会ホームページ(ウェブサイト) に掲載することは承諾しかねます。もっとも、貴研究会のご判断で掲載するのであれば、要旨ではなく、全文を掲載してください。なお、『言論には言論で対抗する』との貴研究会のモットーを前提としても、当職のメールアドレスを掲載する必要はないと思われます。当該アドレスの掲載はお控えください。」「名古屋地方裁判所に対し、掲載データ削除の仮処分命令を申し立てる方針です」というものでした。

 当研究会の判断により、書評削除請求書全文(請求書にメールアドレスは記載されていなかったので事務所住所、電話番号及びFAXの情報は黒塗りにしました)と当研究会回答文全文を以下に掲載します。

 当研究会は引き続き賀茂氏に反論の寄稿を求めつつ、データ削除には応じないという方針を貫きます。

 

賀茂氏側弁護士からの請求書

掲載データ削除請求書

1 当職は、賀茂道子氏(以下「賀茂氏」といいます。)より、貴研究会のウェブサイト(以下「本件ウェブサイト」といいます。)に掲載されている後掲データ(書評。以下「本件書評」といいます。)の削除請求の件(以下「本件」といいます。)に関して依頼を受けた弁護士として、貴研究会に対し、以下のとおり、本件書評の削除を請求します。

なお、本件については、当職が賀茂氏より一切を受任しましたので、本件に関する今後の連絡は全て当職を窓口としていただき、賀茂氏への直接の連絡等はご遠慮ください。

 

【データの表示】

  • 掲載されている場所
    http://harc.tokyo/wp/wp-content/uploads/2022/09/5c5ddd815c5893516c96cde7645c87ca.pdf
  • 掲載されているデータ(文書名)の表示
    書評 賀茂道子著『GHQは日本人の戦争観を変えたか―「ウオー・ギルト」をめぐる攻防』
  • 掲載されているデータの形式
    PDF

2 削除請求の趣旨

 本件書評を本件ウェブサイト(http://harc.tokyo)から直ちに削除することを請求します。

 なお、本書(内容証明郵便)が貴研究会に到達した後10日以内に、当方において削除を確認することができなかった場合には、賀茂氏は、速やかに、名古屋地方裁判所に対し、掲載データ削除の仮処分命令を申し立てる方針ですので、あらかじめご承知おきください。

3 削除請求の理由

(1)本件書評は、賀茂氏の『GHQは日本人の戦争観を変えたか―「ウォー・ギルト」をめぐる攻防』(光文 社、2022年。以下「本件著書」といいます。)に対する、有馬哲夫氏(以下「有馬氏」といいます。)を執筆者とする書評であるところ、本件書評は、本件著書が「剽窃」、「盗用」、「研究不正」(以下、まとめて「研究不正」というものとします。)であるかのようにほのめかし、「研究倫理上きわめて大きな問題があるといわざるを得ない」と結論づけて、研究者としての賀茂氏の社会的評価を低下させるものであり、同氏の名誉権を侵害しています。

 しかし、本件著書は「研究倫理上問題がある」ものでも、「研究不正」でもありません。

 以下、詳述します。

(2)第1に、本件書評は、本件著書に先行研究のレビューがないことを「研究倫理上きわめて大きな問題がある」こと等の理由の1つとして挙げています。

 しかし、本件著書は、賀茂氏自身の研究書『ウォー.ギルト・プログラム―GHQ情報教育政策の実像』(法政大学出版局、2018年。以下「本件前著」といいます。)をベースとして、「ウォー・ギルト・プログラム」について一般向けに分かりやすく提示した概説書であり、研究書ではありません。このような、研究書を一般向けに概説した著作については、有馬氏が本件書評で求めているような先行研究のレビューまでは必要があるものではありません。

 なお、賀茂氏は、本件前著では、先行研究のレビューを行っています。必要があれば、そちらを参照してください。

 同様に、有馬氏は、本件著書の引用資料の記述の仕方についても疑問を呈していますが、こちらも研究書をベースとした概説書においては、有馬氏の指摘と同程度の詳細な資料情報は必要とされていません。

 有馬氏の列挙した文献は『新潮45』の論稿も含め、参考文献も、研究レビューも、依拠した資料番号もないものが多く、有馬氏の主張が正しいのであれば、これらの文献も研究不正となるのではないでしょうか。

(3)第2に、本件書評は、①「(本件著書は)先行研究と概ね同じことを記述しているのに、先行研究への言及がない」、②「賀茂は、要約すれば同じになる内容の考えや知見を述べているにもかかわらず、註にも卷末参考文献にも記載していない」として、本件著書は「研究倫理上きわめて大きな問題があるといわざるを得ない」と結論づけています。

 しかし、上記①の「概ね同じこと」や上記②の「要約すれば同じになる内容の考えや知見」というのが、有馬氏が指摘するところの「先行研究」のどの記述のことを指しているのか、また、どのようにして 「概ね同じ」「要約すれば同じになる」といえるのかについて、有馬氏の判断の基礎となる具体的な事実が 摘示されていません。

 例えば、本件書評は、「(賀茂氏の)「ウォー・ギルド・インフォメーション・プログラム」の第1段階、第2段階についての記述は、前に挙げた先行研究とほぼ重なる」としつつ、「広範にわたるもので、(先行研究と)一致は一目瞭然なので、ここではいちいち列挙しない」とし、具体性がありません。賀茂氏において反論が可能であればまだしも、そのようなあいまいな摘示では、反論のしようがありません。

 別の例を挙げれば、本件書評は、「スミスと「太平洋戦争史」について明らかにしたのは、高橋の1997年の『歴史の喪失』をもって嚆矢とする。例えば「戦時プロパガンダとブラッドフォード・スミス」では、より詳細に、深く分析されている。ところが、賀茂は本文、註、巻末参考文献にも、最大で25年も先行している高橋のどの著作も挙げていない。」としています。これについては、一見、具体的な事実を提示しているとも見えます。しかし、高橋氏の著作のスミスに関わるどの部分が本件著書と(概ね)同じと いう趣旨なのかという具体的な指摘がなされていません。なお、スミスと「太平洋戦争史」については、高橋氏以前から多くの研究者が言及しており、高橋氏がオリジナルというわけではありません。

 さらにもう一つ例を挙げます。有馬氏は2016年に『新潮45』に掲載された自身の論稿において、「①初代CIF局長ケネス・ダイクについての記述、②WGIPはマッカーサーが占領前に率いていた南西太平洋陸軍の対日心理戦と密接な関係があること、③2代目CIF局長ドナルド・ニュージェントについての記述等々を詳しく述べている。」にもかかわらず、同様のことを記述している本件著書が有馬氏の『新潮45』を参考文献に挙げていないことをもって「研究倫理上問題」としています。しかし、この点もスミスに関する高橋氏の著作と同様のことが当てはまります。加えて賀茂氏は、有馬氏の『新潮45』の論稿以前に雑誌『同時代史研究』において「ウォー・ギルト・プログラムの本質と政治性」という賀茂氏の博士論文や前書のベースとなる論文を発表しており、そこで上記①②について述べています(2015年3月投稿受理、査読を経て同年12月掲載)。上記③に関しては、本件著書におけるニュージェントに関する記述が『新潮45』のどの記述とどのような意味で同じになるという趣旨なのかが述べられていません。なお、本件著書で記載したニュージェントの経歴などは、1980年代から多くの教育史の研究者が言及しています。  

 本件書評では、例として挙げた記述のみならず、他の指摘についても、一般読者に賀茂氏が「研究不正」を行っているかのように誤解を与えているにもかかわらず、その具体的な根拠を挙げていない記述が散見されます。

 そのような不明確な記述をもって「研究倫理上問題」などとすることは、正当な批判とは言えず、単なる誹謗中傷に過ぎません。

(4) 以上のとおり、本件書評の本件著書に対する「研究倫理上きわめて大きな問題があるといわざるを得ない」「研究不正」との評価や、その評価を基礎付けるものとして述べられている個別的な指摘は、いずれも、その前提に誤りがあるか、具体的な事実を摘示せずに、賀茂氏の名誉権を侵害するものであることから、賀茂氏は、本件書評を直ちに削除することを求めます。

(5)なお、有馬氏はAmazonレビューにおいて、本件書評とほぼ同じものを本件著書及び本件前著に対して投稿していますが、当該レビューは、アマゾンジャパン合同会社の利用規約やコミュニティガイドラインに違反すると判断され、同社によって削除されています。

令和6年2月21日
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弁護士 異相武大
電話 ●●●●
FAX ●●●●

千葉県柏市光ヶ丘2-1-1
歴史認識問題研究会御中

 

 

歴史認識問題研究会の回答文

異相武大様

 貴職からのメールを拝見しました。『歴史認識研究』11号掲載の有馬哲夫氏の書評を削除するよう請求されるとのことですが、請求には法的な理由がないものと判断し、応じかねます。

 なお、貴職メール文書には、請求される理由が詳しく述べられていますので、当該文書をもって、書評に対する反論文とみなし、本回答文と共に、当会ホームページに掲載させていただきたく存じます。また、これに対し有馬氏から再反論があれば、これも掲載させていただく予定です。

 貴職メール文書は、全文省略することなく掲載することをお約束します。当研究会は、「言論には言論で対抗する」をモットーとしており、主張の相違があれば、大いに意見を闘わせることを推奨しております。貴職メール文書も、その趣旨のものとして、承ります。

 万一、貴職において、貴職メール文書を当会ホームページに掲載することを希望されない場合は、文書の要旨と、本回答文のみを掲載する予定ですので、この場合、令和6年3月5日(火)までに、メール返信にてご連絡下さい。ご連絡がない場合、掲載を承諾いただいたものと判断致します。

令和6年2月23日
歴史認識問題研究会会長 西岡力