黄意元「 韓国内における日本佐渡金山世界遺産登録反対運動の実態」

報告6

黄意元(メディアウォッチ代表理事)

 

    韓国内における日本佐渡金山世界遺産登録反対運動の実態

 

はじめに

 2022年2月1日、岸田文雄総理が率いる日本内閣は、佐渡金山ユネスコ世界遺産登録の推進を決定した。これに韓国政府は即刻反発し、青瓦台は2月3日、官民合同TFを構築、全方位的な対応策を講究すると明らかにした。民間領域においても登録反対を企てる関連セミナーが開催されるかと思えば、一部左派団体は街へ繰り出し、日本政府を糾弾し謝罪を促す集会を開いた。いわゆる、歴史戦を正面突破するという決意を示しているのだ。

 韓国で反日問題、そして徴用工問題と関連する一連のこうした官民合同反対運動は前例がない訳ではない。2015年、端島ユネスコ登録を阻止するため当時、韓国政府及び左派市民社会は国内外で総力戦を展開、挙げ句登録が確定した後にも映画や芸能を通じて歴史的事実を巧妙に歪曲するプロパガンダ戦を繰り広げた事がある。端島登録が確定しても尚、韓国政府と左派市民社会はこの徴用工問題への執着を止めないのである。

 今回の佐渡金山登録問題に関しても、やはり韓国政府と左派市民社会は更に緻密で組織的な反対運動を展開するものと思われる。最近、韓国で相対的に親日的と知られる政権へと政権交替が実現するにはしたが、既に議会でも少数派という脆弱性がある新政権は、幾らでも「反日」に依存するポピュリズム政治を展開する危険性があるのだ。

 本年1月28日(日本文化庁が推進を決定した日)、韓国外務省は相星孝一駐韓日本大使を招喚し強い遺憾と抗議の意を伝え、「強制労役の痛々しい歴史を無視したまま佐渡鉱山を世界遺産に登録しようという企ては即刻中断せよ」と要求した。それから六日後、青瓦台核心関係者が記者たちとの席で、「関係機関と専門家で構成された官民合同TFを中心に対応し、国際社会とも積極的に協調する」と説明した。

 2月2日には、韓国で議席数2/3を占める与党「共に民主党」も、「日本政府が日帝強占期強制動員と労働搾取で我々先祖の無念が秘められた残酷な人権蹂躙の現場を世界文化遺産として登録しようとは嘆かわしい」として、「過去、植民支配に対する痛切な反省を表明した1998年『韓日共同パートナーシップ』精神を否定し、日帝侵略被害者である我が国民を蔑ろにする蛮行」という立場を明らかにした。登録推進を撤回せよとの事である。

 2月10日には文在寅大統領が書面インタビューにて、佐渡金山に対して直接立場を表明した。文大統領は、「過去史問題の本質は人類の普遍的価値である人権の問題として、問題解決のためには被害者が受け入れられる解決法であるべきだ」として、そのためには「何より、歴史の前に誠実な姿勢と心が最も重要である」と敷衍した。これも事実上、登録推進撤回要求の立場と見て取れる。

 これに便乗するが如く、与党側(当時)自治体も次々と立場を明らかにした。光州市議会は2月11日、先発奏者として佐渡鉱山登録推進中断要求決議案を採択した。続けて木浦市議会、世宗市議会、昌原市議会、ソウル江北区議会、全州市議会が順次同一内容決議文を提出した。

 現在、日本では大統領選期間中に韓日関係改善意思を明かした尹錫悦当選者にそれなりの希望を抱き、5月に彼が青瓦台に入城すれば登録反対運動が多少緩和されるだろうと期待しているかの如く窺える。但し、これは「希望的観測(wishful thinking)」に過ぎず緊張感を遅らせたり放心したりする瞬間、収拾がつかない反撃の波頭へと押し流されかねない点として認識する必要がある。

 当初から尹錫悦当選者は政治入門前まで、ただの一度も韓日両国懸案である歴史問題で立場を明らかにしていない。彼は、この問題に何らかの確固たる信念を持つ人士では全くない。彼は選挙期間中、むしろ元慰安婦として知られる李容洙と単独会見を行い日本の謝罪を引き出すと約束する等、反日ポピュリズム政治を予告する動きを示したが、これは「相対的反日」として知られる李在明候補さえも示さなかった行動である。こうした振る舞いが今後、尹錫悦政権支持率が落ちる等の危機がある際に、幾らでも繰り返されるという事である。

 尹当選人の核心外交ブレーンは、金聖翰前外交部第二次官である。彼も、「強制徴用現場佐渡鉱山世界文化遺産登録を目標にする動きも憂慮される」という立場を日本の新聞とのインタビューで明らかした事も注目すべきであろう。

 

2.メディア報道

 日本文化審議会による佐渡金山推薦決定が公開された1月28日、韓国の代表報道機関KBS、SBS、中央日報、聯合ニュース、その他メディアがこの事実を一斉に報道した。推薦が発表された当日だけで四十を越える関連記事が流れ、特に韓国代表的左派メディアであるハンギョレは社説を通じ一連の決定を激しく批判した。

 ハンギョレは社説にて、「再び強制動員歴史現場を文化遺産に登録するというのは実に厚顔無恥な事と言わざるを得ない」として、「それでなくても韓日関係が悪化した状況下であるにもかかわらず佐渡鉱山登録を巡り『第二の軍艦島事態』が展開されれば、両国の関係改善は更に遠ざかる」として、一歩の譲歩もない意見を披露した。

これを追うかの如く東亜日報(22.01.18)、朝鮮日報(22.02.02)、京郷新聞(22.02.12)、釜山日報(22.03.05)、韓国日報(22.03.09)等、主要新聞全てが佐渡鉱山の暗い側面を内包した「全ての歴史(full history)」を反映すべきであるとして、日本政府叱責に焦点を定めたコラムを掲載した。

 放送報道も相次いだ。特に、韓国国営放送KBSは1月27日と28日二日に渡り佐渡鉱山単独報道を編成した。日本現地チ・ジョンイク特派員は佐渡鉱山の坑内を取材した後、管轄主任報と新潟県世界遺産登録推進室長にもインタビューした。放送中、「韓国政府がより積極的に動くべきではないか?」というアンカーの質問にチ・ジョンイク特派員は、「佐渡鉱山には強制動員被害者が朝鮮人以外にいなかったとされる。更には軍艦島と異なり、研究や調査がほぼなされていないので国際社会の共助を引き出すのは容易くないであろうという予測も可能だ。我々取材陣が現地で確認した様に、朝鮮人名簿や証言者等を確保し強制性を立証出来る資料を至急準備すべき」と答えた。

 一方、韓国の代表的通信社聯合ニュースは、日本の歴史認識問題研究所が新潟日報に掲載した佐渡金山意見広告を「右翼団体の煽動」と露骨に貶める記事を出した。この記事は矢野秀喜「強制動員問題解決と過去清算のための共同行動」事務局長の主張を一方的に引用し意見広告を猛批判した。

 韓国メディアによる佐渡金山関連報道は、韓国歴史学界の「強制労働」説をそのまま代弁するかと思えば、明白に存在する一次資料や現地住民の証言は徹底的に無視しているのが特徴である。馬が合う学者と知識人を選びインタビューしたり、選別した資料のみ公開したりする方式で極度に歪曲した報道を流しているのである。

 問題はこうした体系的な選別及び偏向報道のみが集中的に流れてしまい、韓国人が日本の立場も把握する等、均衡的な視覚を持つ機会が全くないという点である。その様な意味において、今後日本は韓国を対象に、日本の立場をそのまま正直に伝える、小さくとも強固な広報チャンネルを構築する必要性があると思われる。

 

3.学界、研究界

 韓国学界と研究界の動向も見ておく必要がある。日帝強制動員被害者支援団体は1月27日、「佐渡鉱山強制動員歴史歪曲」を主題にユネスコ登録推進決定以前にセミナーを開催した。当日、韓国ではこの問題における学会で最も強い発言権を持つ鄭恵瓊日帝強制動員平和研究会代表研究員と姜東鎮慶星大教授が発題を担当、彼らを含む四人の専門家が討論に参加した。

 鄭恵瓊代表研究員は著書『貪欲の地、三菱佐渡鉱山と朝鮮人強制動員』(2021)において、「佐渡鉱山朝鮮人強制労働者は1,200名に達し、塵肺後遺症で死亡した者も少なくない」と叙述している。この本は現在、韓国内ベストセラーとして頂点にある。

 東北亜歴史財団も、2月16日開催の「日本佐渡鉱山世界遺産登録強行に伴う対応と展望」学術セミナーにおいて、日本政府に対する非難を繰り広げた。東北亜歴史財団は去る1月(三菱佐渡鉱山)と3月(世界遺産の登録条件と日本の振る舞い)二度に渡り、各々報告書を発刊した。

 こうした動きの他に徐坰徳、保坂祐二の様な事実上活動家の性格を帯びた「反日学者」の行動も注視すべきである。3月1日、徐坰徳誠信女子大教授は佐渡鉱山世界遺産登録反対を訴える署名を開始、現在各種SNSとメディアを通じて広く伝播されている。彼は今後世界的な有力メディアに広告を出し、多国語の映像を制作及び配布する計画だとメディアに伝えた。

 保坂祐二世宗大教授も連日各種総合編成チャンネルとYouTube放送に出演、強い語調で日本を批判している。彼は本年初、聯合ニュースとのインタビューで日占期そのものが不法だという前提下、佐渡鉱山の朝鮮人労働者は「徴用」ではなく「強制労働」だという論理を展開した。彼はこのインタビューで、来年7月まで極右との歴史戦が始まったと断言した。

 

4.民間団体

 最後に、韓国民間領域における関連活動について伝える事とする。サイバー外交使節団を標榜する国粋主義団体VANKは、先月末から佐渡鉱山登録反対キャンペーンを発足、多方面で登録阻止運動の先頭に立っている。VANKは「グローバル広報五大プロジェクト」に着手し、今後国内小中高校での特別授業推進、英語広報サイト構築、ホロコーストセンターにおける佐渡金山歴史歪曲広報等を推進するとした。

 左派団体である全国民衆行動、そして平素慰安婦に対する宣伝扇動を続けてきた正義記憶連帯(旧挺対協)は3.1節を迎え、日本政府登録決定を糾弾し謝罪を促す集会を開いた。

 一方、済州島所在東北アジア生物多様性研究所は、先月18日に「王桜プロジェクト2050」を公式発足させ、今回の登録問題と関連し一種の抗議運動を繰り広げている状況である。主な事業は、2050年までに国内に 植えられている日本産の桜(ソメイヨシノの木)を全て伐採し、土種である「王桜」に変えるのだと言う。次期ユネスコの審査表決が実施されるまで、この様な市民団体の広範囲な反日運動が予想される。

 

おわりに

 今回の韓日歴史戦争は2015年7月、「明治日本の産業革命遺産」後半戦と言っても過言ではない。

 端島ユネスコ登録状況を反芻する必要がある。端島関連ユネスコ票決が進められるひと月前、尹炳世当時韓国外交部長官は岸田文雄当時日本外相との会談において、韓国政府も「百済歴史遺跡地区」ユネスコ登録を推進しているので互いに協力しようと合意した事がある。日本は約束を守り、韓国側遺産は全会一致で無事可決された。しかし、日本の番が近づくと突然韓国は遺産の描写に「強制労働(forced labor)」表現追加を要求した。そして、日本外務省はやや和らげた「労働を強要された(forced to work)」という言語によって、ある意味においては致命的な妥協に同意してしまった。これは忘れた頃に出る日本のいわゆる「腰抜け」対処が招いたエピソードであっても構わないであろう。

 日本は自らの真実の前で、ひとまず堂々とあらねばならない。真実は一旦横に置き、無難が何よりという風な真実ではなく友好を最善に据える日本の韓国に対する態度は韓国と日本、両国の望ましい未来のために絶対に宜しくない事を認識しなければならない。

 日本は、端島登録は何とか成功したとして、或いは韓国に相対的親日政権になったとしても緊張を緩めてはならない。1615年ある春の日、大坂の陣を終え一息ついていた井伊直孝に徳川家康は、「勝利の時こそ、兜の紐を絞めなければならない」と助言した。つまり、少しの気も許してはいけないという事である。

 日本が真実の前で一歩退いたり、或いは友好という大義に屈服する態度を取る瞬間、「韓国、」正確には「韓国の虚偽勢力」が容赦なく「反撃の刀」で「韓国と日本の真実勢力」の士気を挫くであろう。

 韓国の虚偽勢力は、既に日本側の歴史戦宣伝布告を受け入れた。今こそ韓国と日本の真実勢力が更に断固たる立地を固め、その攻撃に対抗する時であると考える。

 

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