北野隆一『朝日新聞の慰安婦報道と裁判』に対する島田洋一(福井県立大学教授)氏の反論

皆様

 2020年8月25日に植村隆元朝日新聞記者が起こした所謂「慰安婦報道裁判」の解説を記した『朝日新聞の慰安婦報道と裁判』(朝日新聞出版)が出版されました。

 その中で、筆者である北野氏(朝日新聞記者)が同書の「第9章 朝日・グレンデール訴訟」にて朝日側に都合が良いように印象操作をしているという指摘が福井県立大学教授である島田洋一氏よりあがっております。

 簡潔に説明いたしますと、朝日新聞が1992 年1月11日に強制連行を示す資料はなかったにも拘らず「『軍関与』を示す資料」発見と大きく報じたことが、アメリカの新聞(ニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポスト、ロサンゼルス・タイムズの3紙)に多大な影響を与えたと島田氏は主張しておりました。
 しかし、北野氏は1992年1月以前にも、慰安婦問題に触れた報道があるとして島田氏の主張に反論し、朝日新聞が原因ではないと主張しています。

 ところが、島田氏の調査により北野氏の上記の主張は印象操作であったことが判明いたしました。
 以下、島田氏の反論論文を掲載いたします。

 

         慰安婦に関する朝日新聞の資料操作について
                             島田洋一 (福井県立大学教授)

 「日本軍による組織的な慰安婦強制連行」という虚偽を同盟国アメリカに拡散させる上で、先導的役割を果たしたのが朝日新聞である。そのことを立証したのが私も参加した「独立検証委員会」報告書(2015年)だった。一部引いておく。

  1992 年 1 月 11 日、朝日新聞が、吉見義明中央大教授が防衛庁図書館で慰安所への「軍関与」を示す資料を発見
  した、と大きく報じた。その中に強制連行を示す資料はなかったが、朝日は、見出しや用語説明メモ、社説などを
  動員して、あたかも強制連行を裏付ける資料が見つかったかのごとき印象操作を行った。すなわち、誤解を狙った
  紙面作り、本報告書にいう「92 年 1 月強制連行プロパガンダ」である。朝日「第三者委員会」も、「首相訪韓の時
  期を意識し、慰安婦問題が政治課題となるよう企図して記事としたことは明らか」と、そのプロパガンダ的性格を
  指摘している。
  「92 年 1 月強制連行プロパガンダ」は間違いなく米紙に多大な影響を与えた。なぜなら、主要 3 紙が慰安婦に関
  するまとまった記事を書くのはすべて、その直後からだからだ。言い換えれば、米国主要3紙は朝日が「92 年 1
  月強制連行プロパガンダ」を行う以前は、慰安婦問題をほぼ無視し、取り上げていなかった。
  ニューヨーク・タイムズが、最初に慰安婦問題を大きく取り上げたのは、その二日後に当たる 1992 年 1 月 13 日
  である。タイトルは、「日本、陸軍が朝鮮人を強制的に娼館で働かせたことを認める」(Japan Admits Army Fo
  rced Koreans to Work in Brothels)で、以後慰安婦問題で度々記事を書くデヴィド・サンガー記者の署名入りで
  ある。
       朝日新聞「慰安婦報道」に対する独立検証委員会『報告書』(2015年2月19日)、p.68

 

 ここで「主要3紙」とあるのは、私がLexisを用いてcomfort womenをキーワードに数十年分を検索したニューヨーク・タイムズ、ワシントン ・ポスト、ロサンゼルス・タイムズを指す。
 ところがこの独立検証委員会の報告に反論する形で、朝日新聞の北野隆一記者が、2020 年8月末に出版した著書『朝日新聞の慰安婦報道と裁判』 (朝日新聞出版)の中で、いわゆるグレンデール裁判に関し、次のように書いている。米主要3紙に関する部分に絞って引用する。

  被告側(朝日新聞、島田注)は、原告側が「主要三紙」の一つにあげた米ニューヨーク・タイムズ紙の報道につい
  て、独立検証委員会の島田洋一氏が指摘した九二年一月以前にも、慰安婦問題に触れた報道があるという具体的な
  例に言及。……「主要三紙が慰安婦に関するまとまった記事を書く のはすべて朝日新聞の九二年一月報道の直後か
  ら」とする原告側の主張に反論 した。

               北野隆一『朝日新聞の慰安婦報道と裁判』
               「第9章 朝日・グレンデール訴訟」2 独立検証委員会報告書(二〇一五年二月)

 

 北野氏は、続いて同裁判に朝日が提出した準備書面から引用している。

  一九九一年一二月六日に金学順氏ら韓国人元慰安婦が日本政府を相手取り提訴したが、この直後の同年一二月九日
  にニューヨーク・タイムズ紙(乙一一の一、二)は、慰安婦問題を含む戦争責任に対する日本政府の姿勢について
  論じている。
              北野隆一『朝日新聞の慰安婦報道と裁判』
              「第9章 朝日・グレンデール訴訟」7 第四回弁論と取材 拒否(二〇一六年五月)

 

 この議論は欺瞞的と言わざるを得ない。朝日が裁判に提出した当該記事原文を見、併せて朝日による翻訳を見れば、資料操作の跡が明らかである。
 朝日が反証として、主要3紙から唯一挙げた、1991年12月9日付のニューヨーク・タイムズ東京発の記事(スティーブン・ワイズマン記者)は、「日本社会党が戦争への謝罪を拒む与党を批判」(Japan’s Socialists Reproach Rulers for Refusal to Apologize for War)と題するものである。

 内容は、社会党の田辺誠書記長による宮沢政権批判を枕に、「反省」という言葉を曖昧に英訳する日本政府や、英語の党名に「民主」を滑り込ませる社会党の姿勢を揶揄した内容である、慰安婦(という表現はない)には一言触れているだけである。
 comfort womanという言葉がないため、私の検索に引っ掛からなかったと思われるが、米有力紙が、自身の評価と論説を交えて書いた「1992年強制連行プロパガンダ」以降の記事とは質的に異なる。
 しかも朝日は、同記事中のwomen drafted as prostitutesを「売春婦として連行された女性」と訳しているが(翻訳者は他ならぬ北野氏である)、これは「売春婦として徴募された女性」が正しい。「連行された」は意図的誤訳、少なくとも「訳し過ぎ」だろう。この翻訳自体が「強制連行プロパガンダ」の一環と言わざるを得ない。

 朝日が精査の挙句この程度の記事しか見つけられなかったというのは、逆に独立検証委員会の結論を裏付けるものと言えよう。朝日新聞には、真摯な反省を英語発信するよう改めて求めたい。

なお朝日が裁判に提出した資料を以下に掲げておく。
裁判資料(英文記事と北野記者による翻訳)

                                  以上

                                  (文責:長谷 亮介)